ヒト腸内細菌Bacteroides uniformisが持久運動パフォーマンスの向上に寄与することを発見
この研究が始まった2015年は、青山学院大学が箱根駅伝で初の総合優勝を果たしたまさに歴史的な年でした。当時、アサヒ(旧カルピス社)の研究所と青山学院大学 陸上競技部(長距離ブロック)の練習場は隣接しており、以前から交流があることをきっかけに共同研究が始まりました。何度も寮にお邪魔してサンプルを回収したり、先行文献がほとんどないなかで実験系を考えたりメカニズムを考えることには苦労しましたが、ついに運動能力にかかわる腸内細菌を同定し、持久運動パフォーマンス向上に寄与することを発見したときには喜びと感動が込みあげました。最終的に8年間の努力の末に論文化することができ、諦めず研究を続けてきて良かったと実感しています。今後、論文発表のみならず、機能性表示食品素材としての活用に関する研究を推進し、お客さまに価値を届けることができるよう開発を進めてまいります。
今回の研究成果の学術的なインパクトは、大きく二つあると考えています。まず一つ目は、腸内細菌の効果をヒト臨床試験で証明できたことです。運動と腸内環境については、2019年にランナーの腸内フローラにVeillonella属が多いことを明らかにした研究*がありますが、運動能力の改善との関係についてはあくまでマウスのモデルを用いて検証するに留まっていました。私たちの研究も切り口としては非常に近いものですが、αCDの摂取によってB. uniforimisがヒトの腸内で増加し、実際に持久運動パフォーマンスが向上することを、二重盲検ランダム化比較試験※6というヒトにおいて最もエビデンスレベルの高い臨床試験方法で証明することができた点が、大きな成果だと言えるでしょう。
今回は持久運動パフォーマンスが向上する機能が見いだされましたが、おそらくほかに
もさまざまな能力が腸内細菌には秘められていることでしょう。
*Scheiman, J. et al. Meta-omics analysis of elite athletes identifies a performance-enhancing microbe that functions via lactate metabolism. Nature Medicine 25, 1104-1109 (2019)
図1-1 アスリート群(赤)と一般男性群(青)の腸内B. uniformis菌数
図1-2 アスリート群の腸内B. uniformis菌数と3,000m走行タイムの相関
さらに、B. uniformisの菌数(本研究では16S rRNA遺伝子1コピーを1菌数と定義)は一般男性よりも多いだけでなく(図1-1)、その菌数が多い人ほど3,000mの走行タイムが早いという有意な負の相関関係があることが分かりました(図1-2)。以上の結果から、B. uniformisはヒトの持久運動パフォーマンスに関連している可能性が示唆されました。(図1-2)。
図2-1 αCD摂取群の腸内B. uniformis菌数変化
運動習慣がある20~40歳代の日本人一般男性を試験対象とし、10人にαCDを含むサプリメントを8週間摂取してもらいました(αCD摂取群)。また、別の11人にはプラセボサプリメント(運動への影響がないと考えられる偽薬)を同様の期間摂取してもらいました(プラセボ群)。摂取4週間後と8週間後に被験者の腸内におけるB. unifromisの菌数を調べた結果、αCD摂取群では摂取8週目でB. uniformisの菌数が摂取前と比較して有意に増加していました(図2-1)。一方、プラセボ群では摂取4週目および8週目でB. uniformisの菌数に有意な変化は見られませんでした。
図2-2 αCD摂取群のエクササイズバイク10 km走行タイム
図2-3 αCD摂取群のエクササイズバイク50分間運動後の疲労感
図3B. uniformisによる持久運動パフォーマンス向上の推定メカニズム
本研究は、 アサヒグループホールディングス㈱(本社 東京、社長 勝木 敦志 )傘下である、アサヒグループの先端研究機能を担うアサヒクオリティーアンドイノベーションズ㈱(本社 茨城、社長 佐見 学)のコアテクノロジー研究所が慶應義塾大学先端生命科学研究所(所長 冨田勝)の福田真嗣特任教授、青山学院大学(学長 阪本浩)の内山義英教授・原晋教授らと共に行ったものです。また、αCDを用いたヒト臨床試験は外部機関による倫理審査委員会の承認を得て実施されました。
この研究成果は、2023年1月25日に国際科学誌 Science Advancesに掲載されました。引き続き、アサヒクオリティーアンドイノベーションズ㈱では、「優れた健康素材を提供する研究開発」を推進し、お客さまの健康維持並びに暮らしの豊かさの追求に貢献してまいります。
※1 腸内フローラ
ヒトや動物の腸管内に棲息する主として細菌によって構成される微生物集団。腸内では腸管の表面がびっしりと腸内細菌で埋め尽くされており、植物が群生している叢(くさむら)に例えられることから、腸内フローラ(細菌叢)と呼ばれている。
※2 プレバイオティクス
ヒトの健康に良い影響を与える生きた微生物の餌となる食品成分。
※3 Bacteroides uniformis
ヒトの腸内に一般的に棲息する嫌気性菌の1種。
※4 α-シクロデキストリン
グルコースが環状に連なったオリゴ糖。α-シクロデキストリンの摂取により、腸内細菌叢が変化することが知られている。
※5 短鎖脂肪酸
腸内細菌によって作られる有機酸のうち、炭素の数が6個以下のものを指す。酢酸、プロピオン酸、酪酸などがある。腸内細菌が食物繊維を分解することで産生される。腸内を弱酸性環境にすることで、有害な菌の増殖抑制・蠕動運動促進・免疫反応の制御に関与すると考えられている。
※6 二重盲検ランダム化比較試験
試験対象の食品の効果を検証するヒト臨床試験方法のひとつ。被験者を試験対象食品摂取群とプラセボ食品(被験物質以外の組成を同一としたもの)摂取群に分け、試験にかかわる関係者がどの被験者がどちらの試験食を摂取しているか知り得ない状態で試験の実施と結果の比較を行う方法。
※7 VAS(visual analog scale)
視覚的評価スケールとも呼ばれる。特定の感覚や感情の強度を評価する際に用いられる手法。アンケート用紙に描かれた黒い線の先端を最大、反対の先端を最小とし、現在の感覚の程度を被験者が黒い線上で指し示す視覚的なスケール。
※8 グリコーゲン
グルコースから合成される多糖。肝臓では主にグリコーゲンが分解されることで糖の産生が起こり、血糖値が上昇する。