時間とともに変化する色

形あるものが、時間の経過と共に変化するのは自然のこと。 それは、食品や飲料においても同じです。 時間の経過とともに香味が増し、色が深まることを“熟成”と、 それとは反対に、望まざる変化をすることを“劣化”と呼びます。 研究者たちは、そんな自然現象を科学の目で紐解き、 ときには利用し、ときには抗(あらが)うように、向き合っています。 “おいしい”を考えることは、変わりゆく色と上手に付き合うことでもありました。

話を聞いた人

  • ニッカウヰスキー(株)
    ブレンダー室

    二瓶 晋さん

  • アサヒ飲料(株)
    商品開発研究所

    柴田 裕介さん

熟成による色の変化

豊かな香味と美しい琥珀色が、私たちを魅了するウイスキー。しかし、蒸溜したてのウイスキー(蒸溜液)は、無色透明です。木製の樽に貯蔵され、時間の経過とともに樽材から溶け出した成分が蒸溜液の成分と反応することで、琥珀色に色づき、複雑な香味が生まれるのです。これを、熟成と呼びます。

使う樽によって、溶け出す成分や熟成のスピードが異なるため、同じ蒸溜液を詰めても、数年後には違った個性を持つ「原酒」に育ちます。新品の樽では木の成分がたっぷりと溶け出し、しっかりとした色・香りが付く一方、くり返し使った古い樽では、長い時間をかけてじんわりと風味が豊かになります。また、樽を置く場所でも温度や湿度が異なり、熟成のスピードは変化します。

あの美しい琥珀色をもたらすのも、樽から溶け出した成分。タンニンやカテコールといったポリフェノール類が、原酒に彩りを与えます。また、時間の経過とともに液体が蒸発し、凝縮されることでも色は深まります。100個の樽があれば、100通りの個性を持った香味と色が生まれるのです。

この多様な個性の原酒を管理し、最適なバランスで調合するのがブレンダーの仕事。微妙な香味の違いを嗅ぎ分けられるブレンダーは、色の違いから香味を見分けることもできるそう。原酒の色から熟成具合を推測し、樽由来の香味を想像します。どの原酒を組み合わせれば、目指す香味を生み出せるのか。膨大な知識と研ぎ澄まされた感覚を持つブレンダーの頭には、すでにある程度の方程式が浮かんでいます。そしてその組み合わせを試すとき、まず頼りとするのが『色』。熟成によって移ろう香味を色とリンクさせ、その色の原酒を手に取ることから、ブレンダーの仕事は始まるのです。

写真左から、未貯蔵、約4年貯蔵、約4年貯蔵、約10年貯蔵、約20年貯蔵の順で熟成期間が経過したもの。同じ熟成期間でも樽によって色付きが変わります。

劣化を防ぐ

多くの食品や飲料は、酸素・熱・光によって褐変や退色をしていきます。たとえ味が変わらなくとも、変色したことにより味が落ちたように感じてしまうことも。

果実などの植物の成分として知られるビタミンCやポリフェノールは、抗酸化剤としても大活躍。ほんの少量添加することで、液色の変化を抑えられるものも。また、缶やペットボトルに詰めるときには酸素の混入量を極力抑えたり、より変色・酸化しやすいホット飲料には酸素透過率の低いペットボトルを採用するなど、様々な工夫で見た目の変化を防いでいます。

そうして製造された商品は、賞味期限までおいしい色を保てるか様々な品質保持確認試験をクリアすることで、初めて店頭に並びます。お客さまに、いつでもどこでもおいしい状態で味わってほしい。その一心から、見た目にもこだわっているのです。

見た目だけじゃない!まったく新しいお酒の誕生

透明飲料ブーム真っ只中に登場した、無色透明な発泡酒〈クリアクラフト〉。しかし企画開始は、ブームの予感すらない8年前でした。当時から一貫して目指したのは“究極にすっきりとしたおいしいビール”。透明化を目指したのではなく、求める味の先に透明があったのです。

ビールの主原料である麦芽に含まれるアミノ酸は、味にコクや深みを与える一方、もったりとした味の印象につながることも。そこでアミノ酸を減らせば、すっきりとした味を実現できると考えました。しかしアミノ酸は酵母の発酵に重要な成分。麦汁中でアミノ酸が不足すると、酵母は発酵不良となり、不快な臭いの発生に繋がります。そこで、発想を逆転してアミノ酸を極限まで減らし、代わりに発酵を助ける成分を見出し麦汁に加えることで、不快な臭いを出さずに発酵を成功させたのです。

その結果、副次的な効果も。ビールの黄金色は、主に製造工程でアミノ酸と糖分が結びつき生成される、褐変物質によるものです。ところがアミノ酸を減らしたことで褐変物質の生成が抑えられ、余計な手を加えることなく透明に仕上がったのです。

しかし求める味には、あと一歩。そこで用いたのがウイスキーや焼酎における、ブレンドの手法。今回醸造した発泡酒を「原酒」ととらえ、それと複数の蒸溜酒をブレンドすることで、より爽快な味を実現。仕上げにはチューハイの調合技術を用いハーブや香辛料をアクセントに加え、ついに“究極のすっきり”に辿り着きました。

〈クリアクラフト〉は醸造酒、蒸溜酒、ブレンドや調合技術など、アサヒビールの様々な酒づくりの手法を掛け合わせた、ハイブリッドなお酒なのです。透明な見た目のインパクトだけではなく、味も手法も、まったく新しいイノベーティブなお酒の誕生です。

話を聞いた人

  • アサヒビール(株)
    酒類開発研究所

    大橋 巧弥さん