【ビール考】泡編

ビール好きがビールを飲みながら語りたい、ビールのあれこれ。 研究者、開発者の視点でビールを見ると、そこには奥深い世界が広がっていました。 今回注目するのは、黄金色の液体の上にふんわり横たわる、白くなめらかな“泡”。 ビールの泡の秘密を、いつもとは少し目線を変えて紐解いてみたいと思います。

話を聞いた人

  • アサヒビール(株)
    酒類技術研究所

    岡田 啓介さん

  • アサヒビール(株)
    パッケージング技術研究所

    佐藤 善典さん

  • アサヒビール(株)
    パッケージング技術研究所

    山口 いづみさん

きめ細かい泡はおいしそう!?

グラスやジョッキになみなみと注がれ、黄金色の液体の上には、ふんわり、こんもり、白い泡。ビールの泡は私たちの視覚に訴えかけ、「おいしそう!」という気持ちを呼び起こします。反対に、泡のないビールはどうでしょう。それは多くの人にとって、どこか味気なく映るのではないでしょうか。

こんもり厚みのある泡が、おいしそうな印象を引き立てる要因のひとつは、泡の白さにあります。ビールの液色は黄金色なのに、なぜその上に横たわる泡は白いのでしょう。実は、泡そのものに色はありません。泡の正体は炭酸ガスです。あの白さは、うすい液体の膜で覆われた空気の層に、光が何度も何度も反射されることで乱反射が起き、私たちの目には白く映るのです。そのため、泡の一粒一粒がきめ細かく、均一であればこそ、より白さが際立ちます。

そしてきめ細かく、均一な泡は、私たちの視覚だけでなく、触覚にも訴えかけます。それは唇や舌に触れたときに感じる、なめらかさです。例えば、〈アサヒスーパードライ〉を氷点下の温度帯で提供する「エクストラコールド」。ビールの提供温度を下げることで、結果的に泡の粒径も小さくなりました。この泡の粒径の変化が、「よりクリーミーな口当たりが感じられる」という評価に繋がったのです。きめ細かく均一な泡が、多くの人の触覚を満足させたのでしょう。

一方で世界に広く耳を傾けると、「泡は少ないほうが良い」という声が聞こえてくることも。泡の重要性は、国や文化によっても意見が分かれるところのようです。それでも日本人は、やっぱりビールには白い泡。瓶から直接ビールを飲む地域に比べ、日本ではグラスに注いで飲む機会が多いからでしょうか。それとも日本人の繊細な感性が、きめ細かい泡の魅力を感じ取るからでしょうか。

日本は、泡を重んじるお国柄とも言えそうですが、黄金色の液体と、その上に横たわる泡の姿を思い浮かべると、やはり喉が鳴ってしまうのです。

ビールの泡の有無の比較。どちらのビールが飲みたくなりますか?

そもそも泡って何?

ビールの泡の正体は炭酸ガスとお伝えしましたが、炭酸ガスを含む飲料は、ビールだけではありません。サイダー、コーラ、サワー、それにシャンパンも炭酸飲料。グラスの底からわき上がる泡が、いかにも爽快です。

では、泡はどのように生じるのでしょう。炭酸飲料をグラスに注ぐと、その水流が衝撃となり、液体中に溶け込んでいた炭酸ガスが遊離します。これにより液体中には気泡が生じます。この気泡の一粒一粒は、まさに『泡沫(うたかた)』。はかなく消えてしまいます。

しかしビールは違います。気泡がグラスの上部に集まり、黄金色の液体の上に横たわると、すぐに消えることはありません。この泡は、ビールの大きな特長であり、泡の存在がビールを特別なものにしています。では、なぜビールの泡だけが消えずに残るのか、泡が長持ちする理由を科学な視点から見てみましょう。

ビールの主原料は、麦芽とホップ。麦芽は味や香りの源であると共に、発酵に欠かせない成分を豊富に含んでいます。そしてホップは、ビール特有の苦味を生み出します。長持ちするビールの泡を支えているのも、この二つです。

ビールの発酵過程では炭酸ガスが生じ、それが液体中に溶け込んでいます。グラスに注いだ衝撃により、液体から遊離した炭酸ガスが気泡となると、その周囲を麦芽由来のタンパク質が取り囲みます。タンパク質が気泡の膜の表面に並ぶことで、泡は壊れにくくなります。さらにタンパク質同士を、ホップ由来の苦味成分であるイソα酸が補強することで、気泡の構造が安定するのです。

麦芽由来のタンパク質と、ホップ由来のイソα酸は、味の決め手であると共に、泡持ちをも左右します。麦芽とホップの選抜、そしてそれらをどう活かすかが、ビールづくりの要となります。

しかし頑丈に思えるビールの泡も、やがては消えていくもの。グラスに注がれたビールを、より長くおいしく楽しんでいただきたい。そんな想いから、開発者たちは原料や製造工程を様々に検討し、泡持ち向上に取り組んでいます。

スーパードライの泡の拡大写真(倍率100倍)

おいしそうな泡をつくるために

想像すると喉が鳴る、こんもりとした白い泡のビール。ディスペンサーを備えたお店なら、理想の泡に出合うことができます。

業務用ディスペンサーはハンドル操作によって流路の切り替えができ、ハンドルを手前に引くと黄金色の液体が、奥に倒すと白い泡が注がれます。樽から出たビールは、注ぎ口の手前で二手に分岐します。泡の流路は、直径1ミリ未満の細い管です。細い管のなかでは液体に高い圧力がかかり、管から放出された瞬間に圧力から解放され、液体中に溶けていた炭酸ガスが一気に遊離。気泡が生じます。また、流路内でかかる圧力の程度により、泡の質が変わります。最適な流路設計と圧力バランスにより、泡はきめ細かくなるのです。

このように、ビールの大事な構成要素である、泡。理想とするビールを思い描く時、そこには必ず泡の存在が含まれます。求める姿は嗜好や時代によって変化したとしても、思い描く泡をつくり出すためには、技術が必要です。そのためにビール開発者たちは、中味づくりはもちろん、その価値を最大限に高める容器や機器の開発にも注力しています。

こうしてビールの泡は、時代の流れとともに、現在進行形で進化しているのです。

新技術導入によりさらなる進化を遂げた
〈アサヒスーパードライ〉

「究極の辛口へ。」をコンセプトに、さらなる進化を遂げた〈アサヒスーパードライ〉。キレ味にさらに磨きをかけると共に、視覚的にも最後までおいしく飲んでいただくため、より長い泡持ちを実現させました。

ビールの泡持ちを支えるのは、麦芽由来のタンパク質とホップ由来のイソα酸という成分。しかしタンパク質の一部は、ビールの製造工程中で減少してしまい、さらにタンパク質が分解してできるアミノ酸は、泡持ちを低下させる原因にもなります。

そこで、ビール製造工程の、仕込み・発酵・ろ過の各工程を細かく見直すことで、タンパク質の減少を抑制しながら、アミノ酸を低減させる新たな醸造管理技術を開発し、導入しました。これにより、キレ味を進化させながら泡持ちも向上させることに成功。2018年4月から出荷が始まり、皆さまのもとへ届けられています。