【ビール考】キレ編

ビール好きがビールを飲みながら語りたい、ビールのあれこれ。 研究者、開発者の視点でビールを見ると、そこには奥深い世界が広がっていました。
今回注目するのは、のどごしの良いすっきりとしたビールに欠かせない “キレ”。 〈アサヒスーパードライ〉の魅力である「キレ味さえる辛口」についてお聞きしました。

話を聞いた人

  • アサヒビール(株)
    酒類技術研究所

    野場 重都さん

  • アサヒビール(株)
    酒類開発研究所

    大橋 巧弥さん

キレの正体と〈アサヒスーパードライ〉誕生秘話

1987年に日本初の「辛口」ビールとして誕生した〈アサヒスーパードライ〉。「さらりとした飲み口、キレ味さえる辛口の生ビール」をコンセプトに、辛口という今までにない味の提案で、日本のビールに新しい常識を打ち立てました。

実は当時、開発は「辛口」から始まったわけではありませんでした。開発の出発点となったのは、「ハードボイルド」という意外な切り口。〈アサヒスーパードライ〉が登場した1980年代は、映画やドラマで「ハードボイルド系」作品が流行していた時代。西部劇に登場するガンマンや、ニューヨーカーに象徴される、「ハードボイルド」をビールで体現してはどうか、という開発者たちのアイデアから、全ては始まりました。そしてハードボイルドを味で表現すると? と突き詰めた結果、「辛口」というコンセプトが誕生したのです。

しかし当時ビールには、日本酒やワインに代表される辛口という概念が存在しませんでした。そのため「ビールにおける辛口とは何か」という議論を重ね、最終的に〝さらりとした飲み口、シャープなのどごし。キレ味さえる〟という味の狙いが決定しました。このキレという表現も当時はビールの味を示す言葉として一般的ではなく、日本酒の表現から引用されたといいます。

キレとは一般的に、「風味に落差がありながら突出した風味が残らない特性」を指す表現。日本では特に、どんな料理にも合うすっきりとした味わいこそが、キレのあるビールとして評価されています。〈アサヒスーパードライ〉の開発では圧倒的なキレを生み出すために原料の厳選や、酵母の選抜、処方の検討など、各プロセスに細かくアプローチしました。そして開発当時から現在まで基本的な処方を変えることなく、同じ味の設計コンセプトを守り続けているのです。そんな唯一無二のキレ味を誇りながらも、開発者たちはより「さえるキレ味」「さらりとした飲み口」を追求し、品質・鮮度向上のために挑戦を積み重ねています。今回はその一例として「酵母の制御」と「においの制御」の技術をご紹介します。

1987年当時の〈アサヒスーパードライ〉近日発売の広告

キレを生み出す酵母の優等生!

キレを生み出す大切な要素の一つに「ビール酵母」があります。酵母は麦汁中に含まれる糖を取り込み、アルコールや炭酸ガス、香味成分などをつくり出す「発酵」の役割を担います。発酵時に酵母が糖をより多く取り込み、ビール中の糖が少なくなるほど、すっきりとしたキレが生まれる傾向があります。

〈アサヒスーパードライ〉の開発当初、より強いキレを生み出すため、酵母の選抜は非常に重要な課題でした。開発者たちは試行錯誤の末、アサヒグループの膨大な酵母ライブラリーの中から、高い発酵能力を持つ酵母「318号酵母」を選抜しました。「318号酵母」は、周囲にある糖を素早く感知し、効率よく取り込むことで活発に増殖できるという特長があります。また取り込んだ糖をもとにアルコールをつくる能力も高く、こういった性質故に勢いよく発酵が進み、ビールに極上のキレを与えてくれるというわけです。

そんな「318号酵母」に最高の仕事をしてもらうため、開発者たちは長年酵母のための環境づくりに注力しています。例えば、発酵工程の厳密な温度管理や、酵母の栄養となるアミノ酸量の制御などを通じて酵母を活性化し、さらなる「クリアなキレ味」の実現に向けて探求を続けています。

〈アサヒスーパードライ〉の発酵を担う318号酵母の顕微鏡画像

キレを活かすために!においの制御

酵母が生み出すキレをさらに際立たせるため、意外な技術開発にも取り組んでいます。それは香気成分の制御技術です。ビール中には実に600種類程の香気成分が含まれていると言われています。この様々な香気成分のうち、どのにおいがより香るべきか、あるいは逆に減らすべきかを、目指すビールの味わいによってそれぞれ考えていくのです。

〈アサヒスーパードライ〉では、クリアなキレを際立たせるために、突出したにおいを削ぎ落とす必要があります。ただし、600種類以上の香気成分の中から、キレを邪魔するにおいだけを特定して取り除くのは至難の技。そこで登場するのが「ガスクロマトグラフ」という装置です。この装置は人間では嗅ぎ分けることのできない混ざり合ったにおいを、一種類ずつ分離することができます。必要に応じて分離したにおいを研究者たちが鼻で嗅ぎ、除きたい香気成分を特定しているのです。においの正体が分かれば、次はそのにおいが発生する要因を探す過程へ。今回は一例として、製造中に発生するにおいの一つ、タマネギのようなツンとするにおい(通称:ネギ臭)を低減させた技術についてご紹介します。

ネギ臭は、ビールができあがってからでないと、においが分からないという厄介な性質を持ちます。そのため原因を突き止めるのは、海に落ちた一粒の砂を探すような作業でした。千回を超える発酵試験を繰り返し、発生した香気成分を根気強くガスクロマトグラフで分析していきました。そして遂に、原料のホップが酸素に触れる瞬間に発生する成分こそ、ネギ臭のもととなる成分(=ネギ臭前駆体)であることを突き止めました。

最終的にネギ臭前駆体を減らすために、ホップと酸素が共存する時間が最低限になるよう製造工程を改善。さらに厳密な温度管理で酵母を活性化させ、酵母の呼吸によって酸素の消費を早めることで、ネギ臭の低減に成功しました。

生ビールは鮮度が命。製造して容器に詰めた瞬間から必ず劣化は始まり、香りも変化してゆくもの。いつでもどこでも最高のキレやおいしさを味わっていただくため、今後も開発者たちは様々な研究を重ねていきます。