日本人の嗜好がつくる「日本ワイン」

「日本ワイン」づくりに挑戦する、『サントネージュワイン』。「本場はヨーロッパ」という認識が根強いワインを、日本でつくり出す背景には、どんな努力や技術が隠れているのか。各地でのぶどう栽培を一手に管理する、宮川養一さんに聞きました。

話を聞いた人

  • サントネージュワイン(株)
    ヴィンヤードマネージャー

    宮川 養一さん

ワインづくりに不向きな日本。覆すための我慢と努力

宮川さんがワインの世界に飛び込んだのは1992年。グルメに開眼し、美食を食べ歩くうちに出会ったソムリエの言葉が契機になったそう。「ワインづくりにはロマンがある。その一言が強烈に刻まれ、山梨のワインメーカーに転職したのが始まりです」。

しかし、宮川さんが直面したのは、ワインづくりの難しさでした。「当時は日本におけるワイン製造の黎明期。ワインづくりに精通した先輩はおらず、しかも高温多湿で雨の多い日本の気候は、ワインの原料となる醸造用ぶどうの栽培には不向きという現実を知りました」。ぶどうを雨から守るため、当時は目新しかった雨よけ装置などを設置するも理想のぶどうを完成させるには程遠く、試しては振り出しに戻ることの連続だったといいます。

その後しばらくして、宮川さんは『サントネージュワイン』の一員となります。「苗木を植え、ぶどうが実るまでに5年。そこから熟成にかける時間を考えれば、ワインの完成までに10年はかかります。ワインづくりには我慢が必要です」。

ほぼ毎日、1日中倉科畑に足を運び手入れをする宮川さん

そして2005年、宮川さんは山梨県牧丘町にある倉科畑の栽培責任者に就任。1haの畑に、醸造用ぶどうの代表的な品種であるシャルドネとカベルネ・ソーヴィニヨンの苗木を栽植します。アサヒビール社の社員と手を携えながらの、宮川さんによる一からのワインづくりの始まりです。

畑への愛情から見出された。活かすべきテロワール

ワインづくりに不向きな気候の日本で、宮川さんが重視したのがテロワール。ぶどう畑を取り巻く環境のことを意味しますが、産地特有の風土がワインの香味として反映されてこそ、テロワールといえます。

「どんな教科書にも論文にも、当然、私が管理する畑の情報は書かれていません。1分1秒でも長く畑に身を置き、土や風、太陽の光など畑の風土を知ることが何よりの道標になります」。宮川さんは「ちょっと愛情過多なくらい畑を見てる」と笑いますが、整備された畑の美しさが手入れの細やかさを物語っています。

ぶどうの実が結実する時季と梅雨が重なるうえ、果実の糖度が最も上がる9月に台風や秋雨前線に見舞われるなか、非常に細やかな管理を続けることで、10月の収穫期には香味高いぶどうを収穫できるといいます。

自社で栽培している山梨県牧丘町の倉科畑(6月撮影)

自慢の倉科畑があるのは標高750~780mに広がる南向きの斜面。標高の高さゆえに気温が低く、果実がゆっくり熟していきます。一般的に開花から収穫まで100日程度のところ、果実がゆっくり熟すテロワールを活かすため、宮川さんが定めた栽培期間の目安は120~130日。

また、倉科畑からワイナリーまで車で約30分という近さを活かし、夜間に収穫を行うナイトハーヴェストも取り入れています。「夜中の3時に収穫を始め、6時過ぎにはワイナリーですぐに搾汁し、仕込みを行います。果実のアロマがより香ります」。高い標高や地の利といったテロワールを活かし、独自の栽培法を導き出したのです。

 宮川さんは現在、山梨県牧丘町に加え、山形県上山市の契約畑、また2017年に農地を取得した北海道余市町の自社畑についても、栽培管理に携わっています。各地の畑での収穫量向上のため、アサヒグループのビール酵母細胞壁に由来する農業資材を導入するなど、ぶどうの免疫力強化、土壌の微生物の改善にも取り組んでいます。

日本ワインこその香味を生む。風土と文化に根ざした嗜好

風土を知り、活かすための努力と忍耐、そして技術のすべてが実を結び始め、『サントネージュワイン』は近年世界的な賞を受賞。その一つが〈サントネージュ 山梨牧丘倉科畑シャルドネ〉です。シャルドネは特に風土の影響を受けやすく、倉科畑から生まれるワインは強めの酸味とふくよかなボディが特長です。

「このように土地ごとの個性が表れるのがワインの面白さ。そして、ワインづくりに不向きな日本の風土を考えれば、日本で最も大切なテロワールは“人”です」。例えば、上山の契約畑。車で5分と離れていない場所で同じ品種のぶどうを育てても、管理する農家さんごとに特長の異なる果実が実り、全く違うタイプのワインに仕上がるのだとか。

その一方で宮川さんは、日本人がつくるワインには一つの共通点があるといいます。「ニュージーランドで盛んに栽培されている、シラーという品種は、土臭いアロマと力強い味わいが特長ですが、日本人が現地で醸造したシラーのワインを飲んだところ、どこか優しい。これには感激しました」。そう、共通点とは優しい香味。そして宮川さんは、日本人が好むのも優しい香味のワインだというのです。

「日本の風土や文化に根ざした嗜好でしょう。この優しさは出汁の風味にも通じ、日本ワインは和食にもすっとなじみます」。近年 日本ワインも世界での存在感を増していますが、「まだ道半ば」と宮川さんは言います。
 「日本ワインを世界にアピールするには、日本のテロワールを活かした、より余韻を味わえるワインをつくり、まずは日本の皆さんにそのおいしさを知っていただく。そのためには年ごとに品質がぶれないワインをつくり続け、『迷ったらサントネージュ』と選ばれるワインブランドに育て上げなければいけません」。

そう語る宮川さんの想いが叶ったとき、日本ワインは世界の人から選ばれる、世界の嗜好品になるのかもしれません。

「日本ワイン」のラインナップ紹介

(左から)サントネージュ 〈甲州スパークリングワイン〉、〈山梨牧丘倉科畑シャルドネ 2018〉、〈山梨牧丘倉科畑カベルネ・ソーヴィニヨン 2017〉、〈山形かみのやま渡辺畑カベルネ・ソーヴィニヨン 2016〉