微生物の活用で社会のニーズに応えるアサヒの確かな技術力

近年、健康食品・飲料の商品パッケージやコマーシャルなどで「乳酸菌○○○株」といった言葉を見ることが増えてきました。乳酸菌は、おなかの調子を整えてくれる微生物として昔から親しまれてきましたが、こうした微生物が実は整腸以外にも様々な機能を持ち、うまく活用すれば肥満やアレルギーといった現代社会の悩みに応えられることが明らかになってきています。肉眼では見えない小さな生き物たちは、私たちの健康へどのように関与するのでしょうか。
早くから有用微生物に注目し研究を続け、「カラダカルピス」や「届く強さの乳酸菌」といった商品化に成功しているアサヒグループ(以下、アサヒ)を取材しました。(企画・編集/文化工房(株))
※記事は科学ライターで大学の非常勤講師もつとめられる佐藤成美氏による助言のもと編集しています。

アドバイザープロフィール

佐藤 成美(さとう なるみ)

東京大学大学院農学生命科学研究科修了(農学博士)。明治学院大学、東洋大学などで非常勤講師を担当。東洋大学客員研究員。官公庁とその関連研究所の広報誌やウェブサイトの記事を執筆。食品、健康、生物などを中心に科学の幅広い分野について一般向けの記事も手掛けている。著書に「『おいしさ』の科学 素材の秘密・味わいを生み出す技術 (講談社)」、「お酒の科学(日刊工業新聞社)」「食の研究所(JBプレス)」など。

数々の驚きと発見につながった有用微生物の研究

私たちに身近な食品で、味噌や醤油、酢、発酵乳などは微生物の力を利用した発酵食品であることがよく知られています。そのなかでも発酵乳は、古くから世界の様々な地域で利用されてきました。人々が発酵乳をつくったのは、豊富な栄養を持つ乳を保存し、長期的に利用することが第一の目的であったと考えられます。この発酵乳が栄養以外でも健康に役立っているかもしれないと考えたのは、ノーベル生理学・医学賞の受賞者であるロシアのメチニコフでした。彼は、昔から発酵乳をよく食べているブルガリア地方の人たちが長生きであることから、乳酸菌の働きに注目。20世紀の始めに「発酵乳の常食は、腸内の有害な微生物の働きを抑えることで老化を遅らせる」と唱えたのです。これがきっかけとなって、微生物によるヒトの健康への関与について、科学的な注目が高まりました。

アサヒは、乳酸菌が健康に関与しているというこのメチニコフの考えを、1970年代に酸乳(脱脂乳を乳酸発酵させてできた発酵乳)を用いた実験を行い科学的に確かめました。[参考文献1]。

実験ではマウスを3つのグループ、(1)普通の飼料を与えたグループ(対照群)、(2)全脂粉乳を添加した飼料を与えたグループ(未発酵乳群)、(3)酸乳を添加した飼料を与えたグループ(酸乳群)に分け、離乳後から育成。マウスの寿命に与える効果について観察しました。 その結果、酸乳群の平均寿命は91.8週となり、対照群(平均84.9週)、未発酵乳群(平均84.4週)より約7週間の寿命延長が認められました。また腸内フローラを調べたところ、投与した飼料による変化が認められました。そして死因を解析すると、酸乳がガンや感染症、腎障害の発生を遅延させていることが示唆されました。この寿命延長効果は再現性があり[参考文献2]、アサヒで有用微生物の働きや腸内フローラ研究が本格化するきっかけとなりました。

酸乳を添加した飼料を摂取すると、マウスの平均寿命が約7週間延長することが確認された

さらに腎臓への効果から、酸乳が循環器系へ何らかの効果をもたらしている可能性が考えられました。そこで研究した結果、酸乳に含まれる乳酸菌がつくりだした2種類のトリペプチド(VPP、IPP)が、自然発症高血圧ラットの血圧を下げることを確認しました。そして血圧の高めの人でも血圧が下がることが認められ、商品開発を進めました。1997年にはこの2種類のトリペプチドを有効成分とする、血圧が高めの人向けの特定保健用食品を販売しています。

優れた機能を持つペプチドをつくりだす乳酸菌「ラクトバチルス・ヘルベティカス CM4株」
高血圧の人を対象とした酸乳飲用試験の結果、血圧が下がることが確認された(参考文献 3)

現在では、様々な機能を持つ有用微生物が報告されています。アサヒでは「こんな機能を持つ乳酸菌を見つけて人の健康に役立ちたい」との思いで研究を進め、優れた研究成果とそれを活用した商品を続々と世に送り出してきました。

体脂肪を減らす乳酸菌「ラクトバチルス・アミロボラスCP1563株」、おなかとこころの健康をつなぐ乳酸菌「ラクトバチルス・ガセリCP2305株」、免疫に働きかける乳酸菌「ラクトバチルス・アシドフィルスL-92株」、歩行機能の改善効果が期待される乳酸菌「ラクトバチルス・カルバタスCP2998株」など、おなかへの影響だけにとどまらず、全身に及ぶ様々な機能性が見出され始めているのです。

アサヒが見出した様々な機能を持つ有用微生物

私たちの健康を保つために欠かせない微生物の働き

微生物は、どのように私たちの健康へ関与するのでしょうか。その秘密の一端は、体に備わっている「恒常性」という性質にありました。

私たちの体は、夏も冬もほぼ37℃に保たれています。これは当たり前のようにも感じますが、たとえば料理で温度を調節する場面を思い出してみれば、1℃以下の幅で温度を一定に保ち続ける体の調節機構がどれほど優れたものであるかよく分かります。体温だけではありません。血圧や血液量、体液の電解質なども一定に保ち続け、さらに外部からの病原体を排除するなど、体内の状態をいつも同じに保とうとする「恒常性」によって私たちの健康は維持されているのです。

恒常性は長い間、脳の指令を伝える神経系や内分泌系の働きによって調節されていると考えられてきました。しかし近年では、こうした脳による調節だけでなく、微生物の活動と代謝物質も、多種多様に働きかけていることが分かってきました。

たとえば、口腔内に住んでいる乳酸菌は、虫歯菌や歯周病菌など有害な微生物と競合し、その悪影響を弱めることで、結果的に歯と口腔内の健康を支えています。また皮膚に存在する多様な常在菌も、代謝物によってほかの微生物の増殖を抑制し、健康な肌を保つのに役立っています。

腸だけでなく、皮膚、口腔内、鼻腔内など体の部位ごとに微生物の生態系があり、その働きが私たちの健康に関与している

アサヒクオリティーアンドイノベーションズ※のコアテクノロジー研究所フローラ技術部の市島睦生さんは、微生物がヒトの健康にもたらす効果の大きさについて次のように語ります。

「人間の腸内には、ビフィズス菌や乳酸菌など1000種類、100兆個以上の菌が存在しており、その腸内細菌の集合体を“腸内フローラ”と呼んでいます。近年、この腸内細菌たちのバランスによって、私たちの健康状態が大きく左右されることが、科学的にも解明されつつあります。そこには、いわゆる善玉菌vs悪玉菌といった対立だけでは説明がつかないほど複雑な世界が広がっているんです」

それぞれの腸内細菌の働きが明らかになれば、腸内フローラのコントロールにより病気を治すことができるかもしれないと市島さんはいいます。そうすれば、さらに人間の健康寿命は延びていく可能性が考えられます。

  • アサヒクオリティーアンドイノベーションズ株式会社
     アサヒグループの先端研究機能を集約した独立研究子会社。2019年4月設立。

有用微生物を見つけ、その力を引き出すには、様々な壁が

有用微生物と健康との関わりへの注目は年々高まっていますが、実際の研究はどう進むのでしょうか。無数にいる微生物の中から、役立ちそうな働きを持つものを探し出し、その働きを解き明かしていくことは決して簡単ではありません。

前述の市島睦生さんは次のように話します。「たとえば、『肥満を抑制する微生物』を探すために、まず『肥満体の人が少ない』集団を見つけ出し、彼らの腸内細菌を網羅的に解析します。その解析結果と、一般的な人の集団のデータを比較して、異なる微生物をリストアップ。それらの菌について国内外の論文を探索し、一つひとつ調べていきます」

リストから、目的にあう可能性のある微生物を探し、目星をつける。これだけでも研究には相当の時間を要します。「こうしてAという微生物に目星をつけたとします。次に、微生物Aが肥満抑制に関連しているという仮説を検証するため、微生物Aにしぼった検証実験を繰り返します」

目標に向かって、仮説を一つひとつ検証していく市島睦生氏

検証した微生物が、「脂質の代謝を改善し、肥満を抑制する」など目的の機能に関与していることが分かれば、そうした知識が世に出るだけでも、大変意義ある成果だといえます。これを多くの方に利用してもらえるよう、商品として社会に届けるには、さらにいくつもの壁を突破しなければなりません。

「安全性と効果を実証することができたら、この微生物の力を引き出して利用するにはどうしたら良いのか、様々な可能性を検討しながら商品化へと踏み出します」

微生物Aをそのまま商品に入れる場合もあれば、人々の腸内にいる微生物Aを増やす素材を商品にする場合もあり、その手法は様々です。さらに商品の量産体制を整えるなど、数多くの課題を乗り越えたのち、ようやく商品として微生物の機能性を社会に届けることができます。有用微生物の利用には、このような長期的な取り組みと忍耐強い積み重ねが必要なのです。

アサヒを支える長年の実績と受け継がれてきた心構え

有用微生物の研究と活用には多くの困難を伴います。そうしたなかでアサヒが数多くの研究成果を残し、商品開発に成功しているのはなぜでしょうか。

アサヒには、長年蓄積してきた酵母、乳酸菌をはじめとした多種多様な微生物のライブラリーが存在します。ビール醸造などで培ってきた酵母に関する技術と、旧カルピス社による乳酸菌に関する技術が融合し、有用微生物に関する高い専門性、多面的な知識が、他社にはない情報の厚みを生み出しています。特に、腸内フローラ研究で培ってきた微生物の単離・培養・解析技術力の高さは、素早く正確な有用微生物の探索を可能にしています。

また、有用微生物を探すだけではなく、その機能性の検証、商品開発、量産化の技術開発や販売までもアサヒグループで行えることも大きな特徴です。外部企業から有用微生物や関連技術を購入して商品を製造する企業では、仕入れ先の生産量や生産方法を踏まえて製造工程を決めていく必要があります。しかしアサヒでは、研究、商品開発、生産技術、品質保証など各部門が協力し、安全性を担保しながら有用微生物の力を最大限引き出し、なおかつスピーディーな商品展開を実施できるのです。さらに小売販売だけでなく通信販売などお客さまに多くの選択肢を提供しているのも強みでしょう。

基礎研究から商品開発まで一貫して行える人材と設備がある

アサヒの強みは、それだけではありません。社内で脈々と受け継がれてきた研究者・技術者たちの心構えも強みの一つなのです。

「地道な研究活動は、必ずしも報われるとは限りません」と切り出したのは、アサヒクオリティーアンドイノベーションズのコアテクノロジー研究所長である中村康則さんです。研究の世界では、何年もかけて進めた実験が、予測した通りの結果にならないことは珍しくありません。また予測通りの結果を得られたとしもて、商品として成立できず世に出せなかったということもあります。「それでも、自分の研究で世界の人々の健康に貢献したい、これを商品化すれば食品の歴史が変わる、そういった熱意や思い。そして絶対に成功させるという覚悟があれば、先の見えないチャレンジングな実験に向かっていく力が湧いてくるのです」と力を込めて語りました。

「毎日を元気に過ごしたい」「ぼけてしまうのを予防したい」「つい太りすぎてしまったのを何とかしたい」といった社会の多様なニーズに対して、有用微生物の力を引き出した商品は応えていける可能性を持っています。

「そして、その実現においては、アサヒの研究開発が礎となることを願っています。私たちの商品、そして研究にぜひ期待していただきたい。私たちは全力でその期待に、熱意と思いと覚悟で応えたいと思っています」と中村康則さんは結びました。

基礎研究から商品開発まで一貫して行える人材と設備がある

小さい生き物たちの複雑な相互作用に目を向けた研究開発には、いくつもの「壁」が連続します。そうしたなかでも「社会に役立ちたい」との一心から、地道な検証を重ね、壁を乗り越えてきたアサヒの先人たち。壁は乗り越えられるという実体験、その心構えを受け継いだ研究者・技術者たちが、基礎研究から商品化まで協力できる土壌がアサヒの強みとなっているのです。

有用微生物の利用において、ブレークスルーを持続的に成功させ、数々の研究成果と商品を世に出してきたアサヒの研究には、今後も期待が高まります。
(2019年8月掲載)

■参考文献

  • 荒井幸一郎、室田一也、早川邦彦、片岡元行、光岡知足:栄養と食糧、33(4)、219-223(1980)
  • 和田光一、荒井幸一郎、髙野俊明、室田一也、早川邦彦、水谷武夫、光岡知足:「腸内フローラと成人病」、学会出版センター、175-196(1985)
  • Y. Hata, M. Yamamoto, M. Ohni, K. Nakajima, Y. Nakamura, T. Takano:Am. J. Clin. Nutr., 64,767-771(1996)

関連情報

■微生物と発酵のチカラを学ぶ研究情報誌「Kin‘s(キンズ)」

■ニュースリリース

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