健康な若年成人を対象としたアルコールクランプ法による
アルコールおよびアセトアルデヒドの認知機能への影響について
~適正飲酒の推進に向けた研究成果~
飲酒は日々の暮らしに喜びと潤いをもたらす一方で、不適切に行うことで個人や家庭、社会に様々な問題を起こすこともあります。そのため、近年では社会全体で不適切な飲酒を撲滅していく取り組みがなされています。アサヒグループにおいても、飲み方の多様性を推進する「スマートドリンキング※1」をはじめ適正飲酒の啓発に取り組み、アルコール起因の課題が減少し、かつ一人ひとりが体質や状況に応じて自由に“飲み方”を選択できる社会の実現を目指しています。その一環としてアサヒクオリティーアンドイノベーションズ㈱では、健康な若年成人を対象にアルコールクランプ法※2を用いることで、アルコールおよびアセトアルデヒドの認知機能への影響について調査しました。
飲酒問題が社会的に大きな問題になりつつあることを感じ、酒類メーカーとして何か貢献できないかと思い、2000年初頭にアルコール関連問題を防ぐための研究に取り組み始めました。これまでアルコールの代謝過程で生まれるアセトアルデヒドが記憶などへ悪影響を及ぼすことは知られていましたが、データとして明確に示した研究はなく、また今まで行われていた経口での摂取試験では、吸収や代謝において個人差があるため、正確なデータがとれない状況でした。そこで、アルコールを点滴静脈注射し、一定のアルコール濃度で試験を可能にする技術をもつ久里浜医療センターと共に実験を行いました。約300名もの被験者を集めるのにはかなり苦労しましたが、無事に研究がスタートできた時は大変嬉しかったです。この研究はその後もアンケートによる追跡試験を実施しており、長期的な研究であることも特徴です。アルコールの人体への影響を調査するのは倫理的観点も含め様々に難しいところがありますが、だからこそしっかりとデータを取って研究をしていくことが重要です。ご存知の通り、お酒は人々の時間を豊かにするものですが、一歩間違えると社会的にも健康的にも悪影響を及ぼします。このような研究を通じて消費者の方々にお酒との付き合い方について個々人で考える機会を提供できたらと思っています。
当センターは、昭和38年に日本初のアルコール依存症専門病棟を設立以来、数々の先駆的なアルコール依存症治療や研究を行ってきました。中でも、米国立アルコール乱用・アルコール中毒研究所のRamchandani博士が開発したアルコールクランプ法の導入による血中アルコール濃度を一定に保つ技術は本センターの特徴の一つです。本研究では特にアルコールの代謝産物であるアセトアルデヒドの認知機能への影響をデータとして科学的に示したことが大きなポイントです。現在もなおそのメカニズムの解明に向けた研究を行っています。今回のような短期間でのアルコールの影響と、アルコール依存症を対象とした慢性的なアルコールの影響を調べた研究はありますが、この両者の間をつなぐ橋渡し研究がありません。アルコール依存症の発症メカニズムを解明するためには、両者の橋渡しとなる研究も重要だと考えています。アルコールは人類にとって古代から関わりのある依存性物質であると考えられていますが、その作用はまだまだ未解明な部分が多く、本研究が少しでもその解明に寄与できれば幸いです。
アルコールの摂取が人の認知機能へ与える影響は古くから注目されています。これまでの研究でも、アルコールが認知機能へ悪影響を及ぼすことが報告されてきました。しかしながら、既存の研究では、被験者の数が20〜41名と少なく、その結果として得られた知見は慎重に解釈する必要がありました。さらに、ALDH2(*1または*2)の遺伝的変異 (アルコール分解後に生じるアルデヒドを分解する酵素の活性の強弱を定め、お酒に強い・弱いタイプを決定する遺伝子変異)を検討した先行研究がほぼ皆無であったため、アセトアルデヒドの影響は十分に検討されてきておりません。そこで今回、アルコール投与による健康な若年成人の認知機能への影響を、約300名もの被験者を対象に従来にない大規模な調査として実施しました。またアルコールとアセトアルデヒドの影響を切り分けて理解するため、アルコール代謝の個人差の影響が少ないアルコールクランプ法を用いて、BACおよびBAACと認知機能の複数領域との関係をALDH2の遺伝子多型の観点も含めて検討しました。
今回、20歳から24歳の健康な日本人298名(男性158名、女性140名)を対象に実施しました。そのうち、アセトアルデヒド分解に関わるアルデヒド脱水素酵素の正常型ホモ接合体(ALDH2*1/*1)の人は197人 (66%) 、正常型ヘテロ接合体 (ALDH2*1/*2) の人は101人 (34%) でした。全被験者に対して、アルコールクランプ法を用いて、180分間の間、BACが0.50 mg/mLを維持するようにアルコールを点滴静脈注射しました。一般に、このBACはビール中瓶1本程度を飲んだ状態と同程度と言われています。点滴静脈注射前(0分)、点滴静脈注射から60分後および180分後のそれぞれ時間でBACおよびBAACを測定するとともに、認知機能を評価するためのテストを3種実施しました。
図1. 各時間における全被験者のBAC(論文を参考に作成)
図2. 各時間における男女のBAAC(論文を参考に作成)
図3. 各時間における遺伝子型ALDH2*1/*1とALDH2*1/*2のBAAC(論文を参考に作成)
図4. 各時間におけるCPTの結果(論文を参考に作成)
図5. 各時間におけるPASATの結果(論文を参考に作成)
図6. 各時間におけるRTTの結果(論文を参考に作成)
本研究は、 アサヒグループホールディングス㈱(本社 東京、社長 勝木 敦志 )傘下である、アサヒグループの先端研究機能を担うアサヒクオリティーアンドイノベーションズ㈱(本社 茨城、社長 佐見 学)のコアテクノロジー研究所が独立行政法人国立病院機構 久里浜医療センターの上野 文彦 医師と共に行ったものです。こちらの研究成果は、2021年11月4日に国際科学誌 Addiction に掲載されました。引き続き、アサヒクオリティーアンドイノベーションズ㈱では、不適切飲酒を防止するための活動や、適正飲酒の啓発に取り組み、アルコール起因の課題が減少している社会の実現を目指しながら、飲み方の多様性を推進する「スマートドリンキング」を通じてお客さまの健康維持に貢献してまいります。
お酒を飲みたい時、飲めない時、そして、あえて飲まない時、飲む人も、飲まない人も、ひとりひとりが、自分の体質や気分、シーンに合わせて、適切なお酒やノンアルコールドリンクをスマートに選択できる飲み方を指す、アサヒビールの飲み方の多様性の提案。
引用元:https://www.asahibeer.co.jp/customer/post-199.html
関連ウェブサイト:https://www.asahibeer.co.jp/smartdrinking/
※2 アルコールクランプ法
アルコールを静脈内投与し、目標とする呼気中アルコール濃度を長時間維持できるようにする方法。1990年代後半に米インディアナ大学(当時)のRamchandani VA博士らによって開発、論文発表された。一人ひとりに合わせて計算された量と速度でアルコールを投与することができるため、飲酒後に生じる呼気中アルコール濃度のばらつきを最小限に抑えることができ、性別や、民族、アルコール代謝酵素の遺伝的変異、食物摂取など、アルコールの排泄に及ぼすいくつかの影響を評価するために用いられている。
<参考論文>
・S. O'Connor, S. Morzorati, J. Christian and T. K. Li 1998 Clamping breath alcohol concentration reduces experimental variance: application to the study of acute tolerance to alcohol and alcohol elimination rate Alcohol Clin Exp Res 22 1 202-10
・V. A. Ramchandani, J. Bolane, T. K. Li and S. O'Connor 1999 A physiologically-based pharmacokinetic (PBPK) model for alcohol facilitates rapid BrAC clamping Alcohol Clin Exp Res 23 4 617-23
※3 連続パフォーマンステスト (CPT : Continuous performance test)
注意障害が疑われる方に対して、注意の障害の有無、程度、質を把握するために行われる検査法(標準注意検査法:CAT)のうちの1つ。SRT 課題、X 課題、AX 課題の 3つがあり(本研究ではAX課題を使用)、パソコンの画面上に 1つずつ呈示される数字に対して、それぞれ指定の条件でキーを押す。CPTでは、持続性注意、選択性注意が評価される。
※4 ワーキングメモリに関するテスト (PASAT : Paced auditory serial addition test)
注意障害が疑われる方に対して、注意の障害の有無、程度、質を把握するために行われる検査法(標準注意検査法:CAT)のうちの1つ。CD から流れる 1桁の数を聞いて、前後の数を加算して答える。PASATでは、ワーキングメモリーが評価される。
※5 速度・正確性に関する反応時間テスト (RTT : Reaction time test )
パソコン上に何かが現れた時にキーを押す素早さを判定することで、反応における速度と正確性を評価する。