ステークホルダー・ダイアログ2022

事業活動の基盤としての人権尊重のあり方とは

アサヒグループは、「人権」をマテリアリティとして位置付けるとともに、人権尊重を全ての事業活動における基盤と捉え、経営トップの強いコミットのもとで取り組みを進めています。ここに至った背景として、有識者との対話において当社の経営メンバーが多くの示唆を頂いたことが挙げられます。どのような対話がなされ、そこから何を得たのか、対話の概要をお伝えします。
(2022年7月実施)

参加者

有識者(順不同)

  • LRQAサステナビリティ株式会社
    代表取締役

    冨田 秀実 氏

  • 森・濱田松本法律事務所
    弁護士

    梅津 英明 氏

アサヒグループホールディングス(株)

  • 代表取締役社長 兼 CEO

    勝木 敦志

  • 取締役 兼 執行役員 CAO

    朴 泰民

  • 取締役 兼 執行役員 CHRO

    谷村 圭造

  • 取締役 兼 執行役員 CFO

    﨑田 薫

  • 常務執行役員 CSCO

    辺見 裕

  • 役職名は2022年7月当時のもの

経営リスクと人権リスク

勝木ビジネスと人権については、2011年に国連で「ビジネスと人権に関する指導原則(UNGP)」が合意されたのを契機にソフトロー化が進み、2015年の英国現代奴隷法の制定などハードロー化の動きも加速しました。
我々アサヒグループも2019年に「アサヒグループ人権方針」を策定し、取り組みを進めていますが、まだまだ不十分なところがたくさんあります。本日は当社の課題とあるべき姿について、忌憚ないご意見を頂ければと思います。

梅津氏おっしゃる通りハードロー化の流れはさらに強くなっており今後もその流れは続くと思いますが、個人的には、またソフトローの重要性が再認識されるタイミングも来るのではないかと見ています。ハードロー化が企業の人権尊重の取り組みを後押ししているという側面は確かにありますが、ハードローの場合、法の適用関係が厳格なので、「法律の要件さえ遵守すればよい」となってしまう恐れがあります。 大切なのは、ハードローの要件を満たすことではなく、人権課題を解決するという最終目的を見失わないようにすることです。
また、ビジネスと人権という観点でお伝えしたいこととしては、人権リスクは「経営リスクになるから解決する」ものではなく、「人権リスクそれ自体が解決されるべきもの」という前提に立たなくてはいけない、ということです。人権リスクはあくまでライツホルダーにとってのリスクであり、企業の経営に与えるインパクトとは切り離して考えなくてはいけません。

勝木その点で難しさを感じるのは、サプライチェーンで人権リスクが見つかった場合、何を基準にして当社の対応を判断すべきかというところです。コーヒー豆の例でいうと、取引をしているコーヒー農家に児童労働の懸念がある場合、経営リスクの観点から短絡的に取引を停止してしまうと、より深刻な人権リスクが生じることも考えられます。人権リスクをどう評価すべきかというのは、企業にとって大きな課題だと捉えています。

冨田氏おっしゃる通りです。児童労働が発覚したら取引を停止すべきという考えは以前からありますが、より深刻な人権侵害につながりかねません。経営リスクの観点からすると取引を停止したほうが早いのかもしれませんが、コストをかけてでも人権リスクに真正面から対峙するのが正しいアプローチだと思いますね。

谷村企業の視点からすると、「まずはできるところから取り組もう」という発想になることも往々にしてありますが、その「できるところから」という発想だと、どうしても人権リスクではなく経営リスク起点になりがちです。しかしそうではなくまずは人権リスク起点でということを、改めて肝に銘じたいと思います。

バリューチェーン全体でリスクを捉え、ステークホルダーとの連携を図る

冨田氏3年前に御社とダイアログをした際は、正直申し上げてESG評価を上げるために取り組んでおられるように思え、本来の目的を見失っているのではないかと感じました。しかし最近はそういう点は払しょくされ、日本企業としては進んだ取り組みをされているように感じています。
ただし課題はまだまだあり、もっとも違和感を覚えるのは人権リスクの捉え方が断片的で全体像が見えないことです。サプライヤーリスクと原材料リスクを切り口としていますが、御社が捉えるべき人権課題には飲酒や環境、コミュニティに関連するものも多くあるのではないでしょうか。
一般的には、バリューチェーン全体におけるリスクを洗い出したうえで深刻度の高いものに取り組むのがセオリーです。リスクの洗い出しによく使われるサプライヤーへのアンケートなどでは限界があるため、監査のような手法を使って現場を確認し、実際の課題を把握していく。それを積み重ねて全体像を把握しつつ、重要な箇所に関してはさらに掘り下げたリスクの特定とモニタリングに進んでいくという、二階層的なアプローチが理想です。

辺見当社でもサプライヤーに対してアンケートを行い、人権尊重だけでなく労働、環境、品質など幅広いカテゴリーで状況把握に努めています。しかし、同じ質問でもサプライヤーによって回答の基準が異なるなど、回答に至るまでの背景の見極めが重要だと考えるに至りました。そのため、アンケート後に実施している現地調査について、人員の増強などの計画を立てているところです。

梅津氏現地に企業自ら乗り込んでいくということは今後ますます重要になってくると思います。企業の立場としては、非常に難しい取り組みであることは重々承知していますが、これによって、単なるアンケートでは見えなかったものが確実に見えてくるはずです。
実はこのことは、弁護士として有事における対応で実感していることです。人権の問題が明るみに出た場合などに企業の緊急対応を支援することもあるのですが、実際に現地に行って話を聞いてみると、企業が人権デューデリジェンスで把握していた内容と相当乖離があるのは珍しいことではありません。

谷村人権デューデリジェンスの仕組みをこれから確立していこうという段階の当社にとって、非常に核心を突いたご指摘だと思います。消費者、市民社会全体が大きく行動変容している中においては特に、人権リスク起点を強く念頭に置くようにしないと、進むべきステップを見誤ってしまいますね。

梅津氏御社は高い問題意識をもって人権課題に取り組まれており、開示を見てもプロセスは詳細に説明されています。ですが、サプライチェーンの本当に末端の、最も人権侵害のリスクが高いライツホルダーに向けて具体的にアプローチして、実際の人権課題が解決された、という開示は残念ながら見られません。一つでも二つでもそのような事例が出てくると、本当に中身のある取り組みが進んでいるという証になります。次のステップとして、御社にはぜひそのようなレベルを目指していただきたいと思います。

﨑田サプライチェーン上の人権課題は、当然我々自身が解決に向けて真摯に取り組まなくてはいけないものですが、一方で国や地域固有の課題が背景にあり、一企業では解決が難しい事象も多くあります。これに対し、本質的な理解を深めながら取り組みを進めるためには何が必要でしょうか。

冨田氏確かに原材料リスクに関しては、特定の農場やサプライヤーに原因があるというより、国や地域の貧困やガバナンスの弱さなどに起因するケースが多くあります。こうした課題に個社で取り組むのは非常に難しいため、業界内やNGO、現地政府などと連携し、影響力を行使して状況を改善していくことが大切です。業界のリーディングカンパニーである御社には、今後はこのレベルまでの対応が求められてくると思います。

﨑田コーヒー豆のリスク調査に際しては、Rainforest Allianceなど多くの外部機関と協働しました。当社は現地に直接赴いているわけではないので、そういう意味でも外部機関との協働は重要だと考えています。お二人のお話を伺い、さまざまなステークホルダーと連携して何か一つでも具体的なアクションにつなげていくというのが、今の当社に課せられた課題であることを痛感しました。

エンゲージメントと対話を積み重ね、グリーバンスメカニズムの実効性を上げる

勝木当社の大きな課題の一つがグリーバンスメカニズムの構築だと捉えています。重要性は認識しながらも決定版のようなものが無い中、手探りで少しずつ進めているというのが現状です。

﨑田人権侵害リスクが高い末端のライツホルダーが実際にアクセスできる仕組みが必要だと思っていますが、例えば農園労働者が自分の生産した農作物が最終的にどこのメーカーに使われるのかはなかなか知りえない。そう考えると、何かしらの優先順位づけや絞り込みを行った上で仕組みを構築する必要があるのではないかと思っています。

冨田氏グリーバンスメカニズムについては、日本企業はもとより、海外企業を含めても「進んでいる」と言える企業はまだほとんどありません。しかし、完璧な仕組みでなくても手探りでチャレンジしている企業は日本でもだんだん増えてきています。重要なのは、エンゲージメントや対話に基づく仕組みになっていることだと思います。

梅津氏グリーバンスメカニズムが人権の問題を解決する最後の砦であるということは間違いなく、いかに苦情を吸い上げられるかが最も重要な視点です。ただ、冨田さんもおっしゃっているとおり、最初から完璧なものを構築するのは難しいので、少しずつであっても「血の通ったコミュニケーションラインを作っていこう」という思いで取り組みを重ねるのが大切です。

グリーバンスメカニズムが人権デューデリジェンスの中で機能していくためには、ユーザーである通報者からの苦情というインプットに対して、企業の取り組みによる解決というアウトプットがある、というサイクルが適切に回る必要があると思います。今のお二人のお話から、この「サイクルが回る」ということがポイントだと改めて感じました。

辺見業界全体を巻き込んで新しいプラットフォームを構築するなど、多くのステークホルダーを巻きこんだ仕組みをつくるのが理想的ではありますが、一方で人権課題に対してはスピーディに対応することも重要です。まずはレポートラインを構築して取り組みを進め、その中で最適な体制を模索していくというのが現実的なのかもしれません。

谷村グリーバンスメカニズムというと、仕組みをどうつくるかという話になりがちですが、人事を掌握する立場としては、苦情処理に対応するケイパビリティをいかに高めていくかという視点も重要だと感じています。仕組みの構築によって人権侵害事例が発掘できても、それに対応する能力がなければ意味がない。この視点も同時に勘案していくことが重要だと感じました。

企業トップとして人権課題への取り組みをコミット

本日のダイアログで強く感じたことは、当社が今後人権の取り組みを強化するにあたっては、「実効性を高める」という観点が必要だということです。例えばグリーバンスメカニズムでいえば、いかに苦情を幅広く吸い上げられる仕組みを作るか、そしてそれに対処できるケイパビリティを獲得するかが肝であると感じました。

勝木実効性を上げるためには何が必要か。それはやはり、当社グループの従業員一人ひとりのみならず、サプライチェーンの一社一社にも少しでも広く人権意識を浸透させることだと感じました。そのために経営、そしてCEOである私自身がやるべきもっとも重要なことは、トップとしての強いコミットメントを発信することでしょう。人権が喫緊の課題であり、今後具体的な成果を出していくことを明確にコミットし、トップ自らが説明責任を果たしていくことを改めて強く決意したいと思います。

冨田氏勝木社長のご発言に見られるように、御社は経営陣の人権に対するコミットメントレベルが非常に高く、本日の対話全般を通して素晴らしいと感じました。最後に改めて、「人権は今ここにある危機」であるということを申し上げたいと思います。サステナビリティ課題は中長期的なスパンで捉えられることが多いですが、人権の緊迫度は他の課題の比ではありません。グローバリゼーションの波に乗って企業活動が人権侵害を助長してきたところもあり、現在はもしかしたら最悪に近い状況かもしれません。今この瞬間にも御社のバリューチェーンのどこかで人権侵害が起こっているかもしれない。そういう緊迫感を持って、今後人権課題に取り組んでいただくことを期待しています。

勝木当社は、事業遂行においてとるべきリスクと回避すべきリスクを明確化することを目的とした方針「アサヒグループ リスクアペタイト」を制定し、適切なリスクテイクの促進を目指しています。サプライチェーンにおける人権尊重について、従来とっていた姿勢から更に踏み込み、損益計画への影響いかんに関わらず、あらゆる手段を用いてリスクをコントロールする姿勢で臨むことを明確にしました。万が一収益に影響が出るような人権課題が生じても、トップとして人権リスクは取らないことを明確に示し、説明責任を果たしていく覚悟です。

梅津氏それは、単なる表現の修正ということに留まらない、非常にエポックメイキングな事象だと思います。企業は利益を上げなくてはいけませんが、利益の上げ方で譲れない線をどこに引くか。人権を尊重した上での利益でないと意味が無い、利益とのバランスではなくコストをかけてでも人権尊重を優先すると公言することは、トップにしかできないことです。それを今日お聞きできてさすがだなと思うと同時に、今後ぜひ、日本企業の人権の取り組みをけん引していっていただきたいと思いました。

勝木本日は大変貴重な意見交換をさせていただきました。今後もこのような機会をたくさん持って、取り組みに活かしていきたいと思います。ありがとうございました。

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